合併を機にグローバルロジスティクスめざす一歩
旧乾汽船と旧イヌイ倉庫が合併して生まれた乾汽船。両社とも東証一部上場の歴史ある企業だが、乾康之社長によると、「50年間動きがなく、その担い手も高齢化、若い人に魅力ある企業にしないと会社は立ち行かなくなる」と危機感を感じたという。そこで海運企業と倉庫企業の統一で若い人たちが魅力を感じる企業体に作り直す一歩を踏み出した。
簡単ではなかった合併
―― 旧乾汽船とイヌイ倉庫の合併について
乾 これまで多くの外部の方から合併すればいいのに、という話がありました。常識的に考えると、陸と海の業務を統一すれば、さらに大きな業務が生まれてくるのだから、合併すればいいじゃないということです。しかし、事はそう簡単ではなく、同じ創業者の会社とはいえ、企業文化の違いもありましたし、何より運ぶ荷物が全く違っていたことが大きかったですね。
―― 運ぶ荷物が違う。
乾 そうです。旧乾汽船はバルク船輸送で主に原材料系のものが中心です。セメントや材木などの原材料です。一方、イヌイ倉庫は紙、酒類、雑貨が中心で、コンテナ貨物が中心です。そろそろ一緒になろうかと話がでても、いつもこの扱う荷物の問題で立ち消えになっていました。
―― 旧乾汽船ではコンテナ輸送の計画は。
乾 まったくありませんでした。不定期船とコンテナ輸送のライナーとは簡単に言えばタクシーとバスの違いです。我々は流しのタクシーのようなもので、コンテナ輸送のライナーは公共交通機関のようなバスです。まったく異質なんですね。
―― しかし、2014年10月に合併しました。荷物の問題は。
乾 ロジスティクスの範疇から考えれば、運ぶことに変りないわけです。実は、バルク船(ばら積み貨物船)事業では、港から港に運ぶ以外、その荷物がどうなるのか一切タッチしてなかったんですね。そこから内陸輸送するはずですが、どこから来て、どこに運ぶかもノータッチでした。荷物の後先は考えたこともなかったわけです。これは、外航海運の長い歴史の上から来ています。実際、外航海運事業はあまりもうからず、長く続く海運不況の真っただ中にいます。時に極端な好景気もありましたが、一時的なものでした。こうした状況下では積極策はなかなかとることができません。目の前の荷物を取りにいくことが先決でした。
―― 倉庫事業は黒字です。
乾 確かに倉庫事業は稼いでいます。しかし、物流不動産(施設賃貸料)の貢献が大きく、これを物流事業に入れていますから、損益計算書ではプラスになるわけです。ある意味、何もしなければ儲かるということから、倉庫事業を止めたほうが良いとする意見もありました。しかし、社長就任以来、本業として倉庫事業を立て直したいと思っていました。そういった両社の事情や思惑から今回は自然に統合しようという動きになりました。
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グローバルロジスティクスに挑戦する
―― 合併して3か月あまり。生みの苦しみは。
乾 どこでもそうでしょうが、新しいことをやる場合はやはり混乱を生みます。正直、変化を伴いますから、社員へのウケはよくありません。倉庫と海運のそれぞれの知識を取得していればいいものを、新たにロジスティクスという概念を要求しているわけですからね。しかし、外航海運も倉庫も、少しずつ新しく作ったロジスティクスという箱に入っていこうとしています。そこで、「これからの乾汽船」という経営方針を発表しました。ロジスティクスという概念を分かりやすく「モノをよく運ぶ」に置き換えて、経営の3つの軸として発表しました。
―― 経営の3つの軸とは。
乾 両社は合わせて200年の歴史があります。この歴史は非常に大切で、会社が倒産することなく営業を続けてこれた優れたDNAを持っている証でもあります。その歴史を真ん中に据えて、「日々のカイゼン」、「事業資産の配分」、「新たな試み―グローバルロジスティクス―」を軸としています。中でも、新たな試み―グローバルロジスティクスーでは、地球規模でモノが動く時代、海運事業と倉庫事業を持っているメリットを生かし、サービス提供できる価値があると考えました。
―― 一貫したロジスティクスサービスですね。
乾 長い間、我々はさまざまな事業協力者と共に、事業を推進してきました。このネットワークを大切に、国際交易での物流情報の管理サービスから着手し、グローバルロジスティクス
に挑戦していこうと思っています。
―― 具体的には。
乾 先ほど話したように、外航海運事業はこれまで運んだ荷物の後先には全く無関心でした。営業でも、直荷主との関係ではなく、ブローカーネットワークを利用しての荷物の獲得でした。これでは、荷主の持っている要望が何かも分からずただ荷物を運ぶだけでしたし、出会いもありません。まずは、外航海運事業では港から港へ運ぶだけでなく、港からどこへ行くのか、どこから港に来たのかまできちんと情報を集めようと。そうすれば、海運業と倉庫業で一貫したロジスティクスサービスができる可能性が生まれると考えました。物流事業に携わっている人には当たり前のことですが、これが全くできていなかったのです。
―― 今は、情報収集・分析の途中だと。
乾 そうです。全く無関心だったことですから、まずは情報収集を進め・分析し、情報プラットフォームを作る。それからグローバルロジスティクスへの脚本を練るということです。今後新倉庫を建てるのか、新しく船を買うのかと問われても、的確な判断を下すのはその脚本が完成してからです。しかし、現在でもさまざまなヒントが集まり多彩なアイデアが生まれていることも確かです。数年後が楽しみです。
―― 組織改革も行いました。
乾 経営を統合しても規模的には小さい組織です。限られた人員を有効に活用し、多様性に富んだ構成にするため、社外取締役比率を8人中5人としています。この中には、大学教授やコンサルタントなどロジスティクスの専門家もいます。思わぬ効果もあり、取締役会があるときは、社員が二人に話を聞こうと、その前の時間を確保してほしいと言ってきます。ロジスティクスに関する先生役までお願いしています。
―― 名刺にもその決意が表れています。
乾 乾汽船の漢字の社名の下に普通なら英語表記の社名を入れるのですが、「INUI Global Logistics」としました。
物流業界を期待の持てる職場にする
―― 現在の物流環境をどう見ていますか。
乾 外航海運業も倉庫業も人手不足は深刻です。さらに、若い人の定着率が低いこともあります。職場としての魅力が少ないと感じざるを得ません。その意味でも、今回の合併でグローバルロジスティクスに挑戦することは、魅力のある職場づくりの一つのきっかけになるものだと思います。
―― 輸出、輸入ともに増加傾向です。
乾 確かに商流は拡大していますが、物流は縮小すればするほど良いとする消費者ニーズがあります。コンビニ受け取りなんかもそうですね。物流費削減の動きも止まりません。そうした中で、本当に人間の手が必要な物流作業とは何なのか、もし機械やロボットが取って替わる時代が来るのなら、将来に展望が見えなくなることになります。幹線輸送のトラックでも、自動運転の研究が進んでいますね。最後に残る物流が顧客までのラストワンマイルなら、それに対応できる体制を作っていかねばなりません。しかし、物流はさまざまな場面で人が介在しないと成り立たないものでもあります。その辺を見極めつつ、物流が世の中に役立つ仕事だと自覚できれば多くの人に魅力ある業務と成りえるものと信じています。そうすれば若い人たちの定着率も高まると考えます。魅力ある職場にしていくのは経営者の義務です。
―― TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)に関しては。
乾 これは何がしかのパラダイムシフトになるのではないかと期待しています。これに的確に対応した業務を開発してグローバルロジスティクスへの道を歩みたいですね。
―― オフの過ごし方は。
乾 オフは年に3日くらいです。趣味とは言えない業務としてのゴルフが年50回くらいです。健康のため、トライアスロンに年2レース程度出場します。1.5㎞の水泳、40㎞の自転車、10㎞のマラソンですので、レースに出場するためには、かなり節制しないとだめです。暴飲暴食には気を付けています。
氏名:乾 康之
生年月日:1968年12月5日
出身地:兵庫県
最終学歴:甲南大学法学部卒業
略歴
2004年4月:イヌイ建物入社(旧イヌイ倉庫)不動産本部長付
2005年2月:執行役員不動産本部副本部長
2005年12月:執行役員不動産本部副本部長兼物流本部企画部長
2006年2月:常務取締役不動産本部長兼物流本部企画部長
2006年12月:常務取締役不動産本部長兼管理本部社長室長
2007年12月:常務取締役管理本部社長室長
2008年2月:代表取締役専務取締役
2008年12月:代表取締役社長
2013年5月:代表取締役社長物流事業部門担当
2013年6月:代表取締役社長物流事業部門担当物流研究室長
2014年10月:10月1日付乾汽船と経営統合
同日社名を乾汽船に変更
代表取締役社長倉庫事業部門担当兼物流研究室長
乾汽船 決算/4~6月の売上高6.6%増、営業利益122.9%増